すきのこと・きらいのこと

どうもこんばんは、と何事もなかったかのように話しはじめる。
ゴメンネ。
いろんなことに、ゴメンネ。
あたしの毎日はやさぐれています。
そして、それから逃れるように、あしたあさってと東京に逃避行です。
ウソです。(ていうか、はんぶんはほんとです。)
学芸大学のtrayというギャラリーに、あたしが10年前くらいからずーっとだいすきなイラストレーター、
落合恵さんの個展を観に行くのです!
落合さんを知ってから個展は幾度となく開催されてきたのですが、都内だし、仕事との折り合いもあり
いつも行けなくて悲しい思いをしていたのです。
今回はお母さんの具合もだいぶ落ち着いているので、折角なので泊まりで行くことにしました。
ちなみに宿は明治大学近くの「山の上ホテル」です。
東京に行くときにいつも泊まる半蔵門のビジネスホテルは高い日だったので、あとちょっと足せばもっと
ゆっくり出来そうなこちらのホテルにしました。
あとは目黒寄生虫館に行こうかと思っています。
本当は今のうちに1週間くらい連泊して色々遊びたかったんですけど、それはまた今度にします。
都内はほんとに久しぶりなので、すごく楽しみです!!


そろそろ就職しようかと。
今日、仕事のことを考えていて、すとんとアタマに落ちてきたこと。
『すきのこと・きらいのこと』
仕事は多少なりとも、「好き」がなければ続かないよね。
「きらい」ならば、ぶつくさ言う前に辞めればいい。
だけど今日思ったのは、「好き過ぎ」でもダメだということ。
例えば(本当にオカシナ例えなので、ビビらないでください。)、AVの監督さん。
AVの監督さんは、Hな事やセックスが好きでなければ当然勤まりません。
第一、そういうのが嫌いだったらAVの監督さんにならないよね。
だけど、「好き過ぎ」てもいけないと思うんですよ。
撮ってる最中に興奮して女優さんを襲ったりするようじゃ、仕事にもお話にもなりませんよね。
次はあたしの例えです。
あたしはお金がすきです(こういう発言は非常に誤解を招くのですが、あえてしました)。
自分を擁護して書くなら、いわゆる「浪費家」的な「好き」ではないです。
あの人たちは「お金が好き」なのではなく「お金を使うのが好き」なんです。
「お金を使って手に入れられる物」が好きなんです。
あたしは「モノ」としてのお金がすきなんです。
お金を見たり、眺めたり、触ったりするのがすきなんです。
だからと言ってさすがに一日中そんなことはしてませんよ!そこまで侵食されてないし、ヒマじゃないし…。
あたしが直近で勤めていたのは金融機関で、お金を毎日いじっていました。
ていうか、お金を触らずには職務を全うできないのでした。
金庫室へ行けば、かなりの額の札束もありました。
(あたしの今後の人生で、あれだけの額の現金を見ることはまず無いだろうな、と思います。)
こんな仕事を、お金が「好き過ぎ」な人がしたらどんなことになるかはわかりますよね。
自分の物として使っちゃうでしょうね。または、借金の返済にも使っちゃうかも知れない。
「好き過ぎ」たら犯罪者になっちゃうんです。「きらい」なら全く仕事にならない。
あ、ちなみにあたしの退職理由はあくまでも「一身上の都合」であり、上記のような業務事故で「解雇」
された訳ではありませんので…念のため。
故に仕事って、「すきときらいのバランス」で保たれてるなぁって思ったのです。
好き過ぎても身を滅ぼすし、きらいでも辞めざるを得ない。
好きなことを仕事にしている人も居るけど、それはちゃんと仕事と別に考えているんじゃないかなって思う。
あたしの勝手な考えだけど。
まぜこぜになっちゃったら、やっぱり仕事にならないと思うから。
好きなことはどこまでも終わりが無いけど、仕事だと相手が居るからどこかでストップがかかるものね。


そんなことを昼間考えていました。
タイトルを見て「お、今日は恋バナか!」と期待された方がいらっしゃいましたら(いないね…)スミマセン。
少しだけ恋の『すきのこと・きらいのこと』をお話させていただきますと、あくまでも持論ですが、
「『すき』の理由が言えるうちはホンモノではない」
ということです。
音楽にしろ、絵画にしろ、モノにしろ、もちろん人にしろ、どんなところがどれだけ好きなのかっていうのを
言葉に出来るぐらいではまだまだですよ、っていうことです。
「何だかわかんないけど、どういうわけだか好き」っていう、雲のように掴めないものを言葉にしようとしている
かのような、『感覚』としてしか理解できないあの感じ。
人類は滅びるまで、この感じを言葉にすることはできないだろうな。
(それでもしようとする努力が、素晴らしくて美しい文学作品や音楽や絵画を生み出します。)
そして、あなたの焦がれている人を想ってください。
もちろん、言葉に出来るいくつか好きな理由があると思います。
その奥に、わからない・掴めない、でも何故かいとしく想うほんわりしたものがあるでしょう?