将来 僧になって 結婚して欲しい

今日もガシガシお片付け!!
今日は大きな家具を、友達のおばさんと一緒に3つも移動させたのだ!
これで明日からも引き続き片付けに励めます〜。もはや鬼ですね…。
Wii』が欲しい〜!!!
あたし、ゲーム(ハードの方ね)にはほとんど興味無くて、新しいハードが出ても「へえええ〜。」って程度
なんだけど、『Wii』はイイじゃないですか!
ボーリングとか、テニスとかしたい〜!
片付けが終わったあかつきには、イッパツ『Wii』でも買うか〜!
コントローラー、ブンブン振り回すぜ!!(そういうんじゃない?)
そしてあたしの運動神経を復活させるのだ〜。


石原真理子。またです。
Dのゲキジョー』を見てしまいました。
ちょっと思ったんだけど、この人は「自分がされたこと」のみを、自分の中でフューチャーし過ぎなのでは
ないかと。
「自分がしたこと」には全然目がいってないんじゃないかしら。
あれだけの人間関係があったなら、「されたこと」があれば当然「したこと」だってあるはず。
なのに「私、恋人や芸能界やマスコミにこれだけ酷いことされたの!されたの!!されたの!!!」っていう
記憶のみが残ってるとしか思えない。
記者会見でも言ってたけど、もし本当に「素敵な恋愛をさせてもらった」って思っているなら、実名で昔の
あんな事やこんな事なんて矢鱈に書けないと思うんだけどなあ。
「色々酷いこともあったけど、それなりに私も色んなことしちゃったのかもなぁ」って思えたら、この種の
本の出版っていう考えには至らないと思う。
大昔の恋愛とかを公の場で堂々と語るのもどうかと思う。
その内容がどうとかっていうより、「はいはい、モテてたんだよね。」っていう思いしか浮かばない…。
アンナさんのおまめ』のリリみたいな人だよなあ。
芸能界やマスコミに酷いことされたって言ってて、また戻ってきてるんじゃん。
結局自分が注目されてた頃を忘れられないんでしょ。芸能人にありがちのパターンだよね。
もういい年なんだから、他人を思いやることを知って欲しいです。
人が人の中で生きてくってことは、『お互い様』な部分が多大にあると思うのです。
人は、許しあって、分かり合おうと努力して、初めて一緒に生きていける。
自分が「されたこと」があれば、多分同じくらい自分も「している」のです。
『因果応報』とか『人の振り見て我が振り直せ』です。
「あんなことされた、こんなことされた」って人を恨む前に、「自分も同じことしていないかな」って、
振り返る努力もしなくちゃ。
『人を呪わば穴二つ』。人を恨んだら、2倍になって返ってくるって、本当だと思う。
だから、恨んだりしちゃ、いけない。
まずは自分の行動の反省から。
あたしももちろんまだまだです。自分のことを忘れて、人を憎く思ったりしてしまう。
あたしは酷いことを色々しているはず。
許してくれない人も居ると思うし、許してくれている人ももちろんいっぱい居ると思う。ありがたい事です。
でも、許してくれなくても、仕方ないと思ってる。
あたしがそれだけのことを、しちゃったんだよね。
人があたしのことをどう思うかとかっていうのは、あたしではどうにもならないことだから。
あたしの世界のことは他の人では変えられないのと同じように、誰かの世界のことはあたしには変えられない。
誰かの世界の中であたしが悪者ならば、その世界においてあたしは悪者なのだろうから。
でもそれは、あきらめではない。悪者ではないあたしを知ってもらいたいと願うから。


努力します。
今日は彼女を見ていて、そんなことを思いました。