あたしの中の空白

今年も御巣鷹山の日がやってきました。
あたしはよく憶えていないけど、大人の人は、あの日からしばらくの間、飛行機(自衛隊の輸送機?)
がたくさん御巣鷹の方に飛んでいったよ、という話をよくしていました。
そしてまた今年も、コクピットでのやり取りが墜落するまで録音されたボイスレコーダーの音声を、
聞くこととなりました。
もう釘付けになるっていうか、何も言えなくなりますよ。
何か言うと、もう涙がぼろぼろっと流れてきそうで怖いです。
機長さんが、副操縦士さんや機関士さんを「がんばれがんばれ」って一生懸命励ましたりして、
最期まで絶対諦めてなかった、っていうのが本当に切ない。
絶対に乗客と乗員を全員無事に地上に降ろすんだ、っていう。
気が狂ってしまってもおかしくない状況なのに。
今日は、キャビンアテンダントさん(昔はスチュワーデスさんと言いましたね)の機内での音声もやっていました。
お客さんの不安を少しでも取り除こうと、冷静に、しかし一生懸命に取り組んでいる様が見えるようでした。
ボイスレコーダーのノイズを取り除きデジタル処理をすると、事故報告書で書かれている事象と異なる事が
起こっていたかも知れないとか、機長さんの言葉も報告書と違うように聞こえるとか、そういうこともやってました。
技術は進んでいます。
最終報告書のままで満足することなく、常に事故の原因を新しい技術で精査していってほしいです。


そこには生きたい520人の命があった。
あたしたちは生きられる。
それなのに死にたいと思う心は、何と傲慢極まりないことだろうか。
「生きている」のではない。「生きなくてはいけない」のだ。


ってここまで書いたら、心が穏やかになったのか、人の事を憎く思い、りりこ(ヘルタースケルター
みたいに大声で、罵るように笑いたくなるような出来事が、どうでも良くなった感じがしました。
そんなのきっとくだんない。
だから、あたしそういうくだんないことばっかりで、まだまだ修行が足りないよ〜。